デジタル補聴器のディレイタイム
○中村陽祐1)、硲田猛真1)、福元儀智2)長谷川賢作1)、北野博也1)
1) 鳥取大学医学部感覚運動医学講座耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野
2) 中国補聴器センター

 

[はじめに]
デジタル補聴器には、その機構上必ず信号処理時間の伴うディレイタイムが存在する。
つまり、必ずA/D、D/A変換に伴うディレイがあり、これに加え、各種デジタル処理を行うために計算時間分のディレイが追加される。補聴器を介さない音も聞こえる環境で、ディレイタイムが長くなるとエコーがかかったように聞こえることになる。我々はこのディレイタイムに起因すると思われる補聴器不適合例に遭遇したので、これについて検討した。

[症例]
以下、ディレイタイムに起因すると思われる不適合例を認めた補聴器を補聴器Aと呼ぶ。確実にディレイタイムによる症状を訴えた例は、46歳女性、高音急墜型難聴の患者で言葉の聞き取りにくさを訴えて鳥取大学の耳鼻科を受診。高音急墜型難聴を認めた(図1)。補聴器外来にて補聴器A のフィッティングを試みた。約2週間後、音が二重に聞こえる、聞き取りの効果が上がらない、との訴えで返却となった。

[対処と方法]
 中国補聴器センターにて補聴器Aの販売が始まった平成14年4月から平成15年4月までに中国補聴器センターにて補聴器A を販売、貸し出された症例を対象とした。
 対象症例の内、補聴器不適合となり返却された症例の不適合理由をまとめ、対象症例と不適合症例で聴力像に特徴がないか検討した。
 また、各種補聴器についてディレイタイムを測定した。測定にはFrye electronics社Fonix 6500を用いた。

[結果]
 対象となった症例は77例98耳であった(表1)。この内、6例8耳の返品を認めた。うち1例は両耳試聴の後、片耳のみの返却であったため、経済的な理由と考えられた。2例は耳閉感および雑音感による返却であり、ディレイタイムの影響は積極的には考えにくかった。残り3例は上に述べた症例1例と、響き感を訴えた2例で、ディレイタイムの影響がありうると考えられた。購入者と返却者の年齢、聴力を表2に示す。
 これらの症例の 500、1k、2kHz  の裸耳聴力を図2に表示する。図2太線は返却者、細線は購入者である。中国補聴器センターでは補聴器フィティングの際に純音聴力検査は実施しておらず、代わりにSPLメーターによる聴力測定を行っているので、SPLメーターによる聴力でーたのみの症例についてはANSI S3.6-1989に基ずいてHL換算した。ディレイタイムの影響がありうる症例は、特に低音域において比較的難聴の程度が軽いのではないかという印象を受けた。
 測定した各種補聴器のディレイタイムを表3に示した。測定できた機種は補聴器Aを含む5機種であったが、補聴器Aは測定した他の補聴器よりディレイタイムより長いことがわかった。

[考察]
 補聴器のディレイタイムは約20msくらいまでは耐えられるとする文献があるが、同時に3〜5ms程度のディレイは判別できるとする文献もみられる。10msのディレイでは判別できることになり、人によりそれが気になることも考えられる。ただし、補聴器のディレイを認知するためには、補聴器を通さない原音が聞こえる聴力である必要がある。今回の症例は1kHz以下の聴力は正常で、補聴器を通さない原音が聞こえたため、二重に聞こえるという症状が生じたためと考えられた。しかし、補聴器A 購入者の中にも、中〜低音域の聴力が良好な者も多く存在し、補聴器を介さない原音が聞こえる症例のうちの一部でディレイの影響が見られるものと考えた。なお、中国補聴器センターではこの症例に遭遇した後、聴力レベルが比較的よい例には補聴器A を勧めないようにしているが、その後に補聴器A を販売された21例については返却例は見られていない。
補聴器のディレイタイムを測定してみると、機種により大きなばらつきがあった。現状ではこのディレイタイムはカタログに記載されておらず、個々に測定する意外に知る方法はなさそうである。しかし、症例によってはディレイタイムによる不適合もありうるため、注意が必要であると考えた。

[文献]
1)Stone, MA.,Moore, BCJ: Ear & Hearing 20 (3):182-192, 1999.
2)Agnew,J, Thornton, JM: J AmAcad Audiol 11:330-336, 2000.