補聴器装用時の自声強聴に対する鼓膜切開法の試み
―低音域カットやベントホールで解決できない音のこもりに対する解決法―
杉原三郎・友森操(山陰労災耳鼻科)・福元儀智(中国補聴器センター)
竹内裕美・生駒尚秋(鳥取大耳鼻科)
 
[ はじめに ]
補聴器装用時に音のこもり(自声強聴、咬合咀 音強聴)を訴える症例
は少なくない。箱形や耳掛け形補聴器の場合はイヤチップにベントホー
ルを開けたり、オープンタイプのイヤモールドを作製して解決できる。
しかし挿耳形補聴器の場合には作製できるベントホールの大きさには制
限があり、たとえ音のこもりが改善されてもハウリングのためゲインを
下げなければならず、挿耳形以外の補聴器に変更する必要がある症例も
少なくない。
今回ベントホールを可能な限り大きくしたにもかかわらず音のこもりを
改善できなかった症例に鼓膜切開術を行うことによって訴えを解決でき
たので、その概要を報告する。

[ 対象 ]
平成8年5月から約1年間に演者らの施設を訪れたカナル形補聴器装用
者で、音のこもりを訴えるためベントホールを可能なかぎり大きくした
にもかかわらず訴えを改善できなかったり、緩めのシエルを作製し音の
こもりを減少できたもののハウリングが起こりやすくなった56〜79
歳(平均年齢70.5歳)の9症例(12耳)で男性3例、女性6例で
ある。両側装用3例、一側装用6例であり、補聴器装用経験は、始めて
2例、3年未満が1例、3年以上が6例である。

[ 方法 ]
1)標準純音聴力検査、チンパノグラムを行った。
2)補聴器非装用時には音のこもりのないことを確かめた後、補聴器装
  用状態で『ア行』または『マ行』『バ行』と『ン』の発音を指示し、音
  のこもりを(2)不快で発声できない、(+)かなり不快である、(±)
  我慢できる、(−)気にならない、の4段階に自己評価させた。
3)次に補聴器装用状態で補聴器のベントホールをシリコンゴムで閉鎖
  し、同様の評価を行った。
4)最後に鼓膜切開を行い、補聴器装用状態で同様の評価を行った。

[ 結果 ]
1)補聴器装用耳12耳の平均聴力レベルは57.4dBであり、チン
パノグラムは全症例Aタイプであった。音のこもりはヴォリウムが切ま
たは最小の状態でも存在し、自分の話す声のみがこもる;10耳、自分
の話す声と咬合咀 音がこもる;2耳で、補聴器で聴く周囲の音がこも
るという訴えはなかった。
2)自己評価で音のこもりの強い母音は『イ』『エ』の順であり、その
他は同頻度であった。『ン』は『イ』と同等の頻度であったが、音のこ
もりの程度は大きい傾向であった。
3)事前に作製されたベントホールの大きさは1mm径がほとんどで、
最大2mm径であったベントホールをシリコンゴムで閉鎖すると10耳
は自己評価の1段階以上、2耳は軽度に音のこもりが増強した。
4)鼓膜切開直後の補聴器装用状態での評価では、音のこもり消失9耳、
改善3耳で、不変・悪化はなかった。
また鼓膜切開後に補聴器のゲインや特性を再調整しなければならない症
例はなかった。
5)症例提示;70歳女性。平成8年12月、左耳にカナル形補聴器装
用を開始したが自声と顎関節音がこもり不快なためにほとんど使用しな
かった。6ヶ月後当科受診。図にオージオグラム(左耳のみ)と不快域
値( )、音場での補聴器装用域値( )を示した。表に鼓膜切開後の
音のこもりの程度を示した。鼓膜切開前後に自声と顎関節音のこもりは
消失した。再度3週間後に鼓膜切開を行い、さらに2週間後鼓膜チュー
ブ留置術を行った。


[ 考案 ]
補聴器、特に挿耳形補聴器装用時に音のこもり(自声強聴)を訴える症
例は以外に多いのにもかかわらず、決定的な解決法がないのが実情であ
る。我々の経験では挿耳形補聴器装用者の約50%はなんらかの音のこ
もりを訴え、シエルの調整やベントホールを大きくしても全体の20〜
30%の訴えをなかなか解決できない状況である。低音域をカットして
も音のこもりは改善できず、耳掛け形補聴器に変更しなければならない
例もすくなくない。この音のこもりは低周波数で、外耳道閉鎖効果と骨
道振動が軟骨部に伝わることによって起こると考えられている(Killio
n1988)。 外耳道骨部にイヤチップを挿入すると音のこもりを減少させ
ることができる。(Berger&Kerivan1983)ことから、最近はdeep can
al形の補聴器も存在する。しかし高齢者には扱いが容易でない場合もあ
り、first choiceという訳にはいかない。今回の鼓膜切開術は耳鼻咽喉
科であれば外来で容易に行える手技であり、シエルの調整やベントホー
ルを大きくしても音のこもりを改善できなかった症例に対して極めて満
足すべき結果が得られた。しかも自声強聴のみならず、咬合咀 音強聴
開後に補聴器特性の再調整をする必要もない。3症例は複数回の鼓膜切
開を行ったが、6症例は1回のみであった。鼓膜穿孔が閉鎖すれば再び
音のこもりが起こるはずであるが、慣れや心理的効果があったと考えら
れる症例も存在する。また通院しにくいという2症例には鼓膜チューブ
留置術を行ったが、補聴器の再調整の必要はなかった。
鼓膜切開による音のこもり改善効果は(1)自声の鼓膜・外耳道共振周
波数が感じにくい周波数にずれる(2)鼓膜の小穿孔により外耳道だけ
から中耳腔も含めた空間になるため音響特性が変化すること等が考えら
れるが、詳細は今後検討予定である。